雑記

マクドナルド現象などという言葉もあるようで、ものをわかって人間は、アメリカ産の、業務の徹底したマニュアル化を、批判的にみる傾向があるようだけど、不動産業については、ずいぶんと業種自体のイメージもよくなったし、接っする際のストレスもロスも減って、主観的には、おおいに結構なことだと思った。
ネットに情報を載せて、24時間閲覧可能にして、店舗は開放的かつ文化的、ジャズやボサノバの生演奏の中で、希望すれば、コーヒーだのワッフルだのまで、振る舞ってくれる。したり顔で、それに懸かる金も、手数料に上乗せされてるなどという人もいるかもしれないが、ジャズ屋のギャラなぞたかがしれている、ギャラリーと気持ち良く演奏できるスペースがあれば、喜んでのってくる音楽家は幾らでもいるのではないだろうか、ワッフルだって高いものではない、要は時と場所なのであって、身分証明書を出したり、収入を伝えたりするような、自分のような決して豊かとはいえない人間には、気の詰まる時間をリラックスしたものにしてくれる。
更に保証会社まであって、連帯保証人をたてる必要すらなくなった。
住宅地の細くて入り組んだ道は、ダイハツの見た目は小さいながら、二人の客と、二匹の犬を乗せても、充分余裕があり、簡素ながらも隅々まで、気のきいたデザインの4ドア車で、案内してくれる。また、この車の妙に平たい座席が、短時間の乗り降りには都合がよくて、インダストリアルデザイナーの名前まで確認してみたくなってしまった。
終身雇用制の崩壊は、小さな車は、より大きな車への乗り換えの過程であって、男たるものは、出世と共に車を乗り換え、”いつかはクラウン”、とした、80年代までのトヨタのイメージ販売法を、すっかり無効なものとしてしまった。
勿論、トヨタも逞しく、戦略を変えながら生き残っているのは周知のところ。
勿論、お金がないままでいるのは、つらいことだが、だからといって、まるで人の道をはずれたかのような目で、みられることもなくなったとすれば、人の世も、向こう三軒両隣の人の手によって、住み易くされたのではないかと思いたい。