ギムレット

 以前読んだチャンドラーの小説にそんな飲み物が出てきたという微かな記憶があって、また、微かなものであるはずなのにへんなこだわりになっていて、どこかで飲めないものかと、ネットで検索して近所にショットバーを見つけたものの、窓があるのかないのかわからない建物の扉を開けるのには勇気がいって、何度程か建物の周りをうろうろと歩き回りながら、結局は中には入らずしまいにしていたのだけど、金曜日にとうとう扉を開けてしまった。
 薄暗い店内には客がひとりもいなくて、バーテンさんも自分の作業に没頭しているように見えたのだけど、実際はこちらを必要以上に緊張させないために、気がつかない振りをしているのではないかと思わせるものもあって、なれぬ客の扱いはこころえているものだろうと、いわれるに任せてカウンター席に座って、”探偵小説に出てきたギムレットというものを飲んでみたいのだけど、、”とメニューも見ずにお願いしたところ、あー、はいはい、、なんて心得ているようすでいいながら、シェーカーにいろいろな瓶から液体を注いでシェークしてくれて、啜りながら、フリップ・マーロウがどうのなんて、話しかけてみたのだけど、マーロウの名前をしらないようで、そうすると、最初は適当に話をあわせていただけなのかと思っているうちに眩暈を覚えて、そんなこちらの様子をみながら、結構つよい酒なんですよ、とかうちのジンは58度なんです なんていわれて図られたような気になりながら、土地の近過去の話をして、バーテンさんもこの辺出身の人のようで、探偵小説の話のときとは違って、お互いに土地についての記憶のうち共有している部分もあったりして、お互いの記憶のなかに土地とその変化というか移り変わりを追っているうちに、こんな風に絵をかけたらいいなとか思いながら、意識を失う前にやめておきますと店を出たのだけど、酔いをさます場所を見つけられなくて路上でぼんやりとしていて風邪を引いた。