日記

随分前に聞いた話を、なんとなく思い出したので、メモを兼ねて書く。

その保険屋のセールスの年配の女性は、ヘミングウエイの”日はまた昇る”が好きだったから、最初に生まれた子供に”昇”という名前をつけたとのことで、後に、子供が大きくなってから名前の由来を聞かれて、そのように応えたところ、子供にとても怒られたとのこと。
”本当は、わたしは、小説自体をよんでなかったのよね。”と云われてどう反応したらよいのか分らなくて気まずい想いをした。
この女性は、”日はまた昇る”という短い言葉自体がとても気に入っていたということなのだろうか、それとも、本当は小説を読んでいたのだけれども、私の反応を見た上で(思ったほど受けなかったようなので)、お茶を濁して、話題を終わらせるために、小説を読んでいない振りをしてみせたのか。

因みに、十四歳の私に”暗夜行路”を与えたのは母親である。後に、感想を訊かれて、”余り面白くなかったから途中までしか読んでいない。”と応えたのを覚えている。実際に途中までしか読んでいなかったのかどうかということについての記憶は持ち合わせていない。今にして思うこととしては、母親自体は、この小説を読んだことがあったのだろうか、ということであったりして、ややこしい。

”和解”を読んでいて思い出した、どうでもいい細事ではあるのだ。