日記

火曜日に北千住で電車を降りたら、赤い腕章をつけた年配のご婦人方が雨の中でビラを配っていたが、私は避けられたみたいだったので自ら手を伸ばして、意外そうな顔をしたご婦人から一枚貰った。何故避けられたのだろうと一寸思ったのだけど、やっぱり私が傘をさしていなかったのがいけなかったのかもしれない。
自分達は傘もささずにビラ配りをしていても、傘をさしていない人にビラを渡すのは躊躇するものかもしれない。
その後、うちに帰ってTVをつけて柏崎原発放射能漏れの件を知って、自分もご婦人方も放射能を帯びた雨に当たってしまったのではないかと風向きが気になった。
貰ったビラについては、現状分析はとても判りやすくて、”庶民の1.7兆の増税分は、大企業と大資産家の減税分です。”なんて書いてあるのだけど、それに対する対応が、それらに、改めて相応の負担をとってもらうということでは、さすがにリアリティがない(勿論、私は世に疎い、そしてマスコミによる洗脳を受けているので正確なところはわからないのだけど、マスコミが報道している内容については、ビラ作成者も知っているはずであれば、それを解くための有効な説明も必要なのではないだろうか)。日本は鎖国している訳ではないのだ。そのことによって得ている利は、人件費の安い海外に工場移転を目論む大企業の経営者でなくても、100円ショップ通いをする”庶民”でもよく知っているものであると思う。そして、利を得ながらも、足元を潮に浸されるかのようにひしひしストレスを感じているというものなのだと思う。
あるいは、”緊急福祉”というのも、それを一時的なものとするのであれば、解除できるタイミングの予想は難しく、恒久的に行うということであれば、その財源を何処に求めるのかということが判らない。現状でも、役所の維持にはとんでもなくお金が掛かっていて(日本には沢山の公務員がいて、それらが、そのときどきの勝ち組企業の会社員にあわせた額の給料を貰っている。従って現状の”好景気”が続くと現状の財政難の中この人達の給料も自動的に上がる事になる。基準になっている企業は常に同一という訳ではないという点において、冷静に考えてみると凄いシステムだと思う。)その上、本当か嘘かわからないけれども、そのろくでもない仕事振りについてこれだけ報道されている状況において(一部は改革政党を印象つける目的で与党の広報によって煽り立てるように流されている。)、そこに目を瞑っていて、支持を得られるとも思っているのかなと思うと、不思議であったりもするのだけど、そもそも浮動票は求めていないということなのだろう、ということでそれもすこし寂しい。そして、一定数の票が事実上国政に反映されがたくなっているということもまた寂しい。

この頃、続けて選挙関連について書いているのだけど、熱心な支持政党があるというわけでもなくて、単にそうでもしてないと大地から振り落とされそうな脅迫観念に駆られながらも、どう対処するべきかわからないというのが本当のところといった感じだったりする。