2013-01-01から1年間の記事一覧

随分と時間を掛けてきて出来なかったことが、夕食後、僅か30分で出来てしまった。次の問題にはまる前に切り上げて、後は明日なり週末なり時間をとれるときに割り振ることにして眠剤をとる。

カフカ擬きはつまらないのだけど、カフカは面白い、切羽詰まった感じがよい。

億劫感の中で数年暮らした、あるいは暮らしている為にすっかり萎えてしまった。身体の崩壊を加速させないために、カメラを持って屋外を歩き回ってみたのだけど、全く面白くなくて辛いばかりだし、レンズを数本入れた鞄は重たいし、コンデジの需要が理解でき…

なんだかんだで、ロペスもベーコンもパスしてしまった。生きることに忙しくてそれどころではなかったし、本当にそれだけの理由かと考えれば、いまここに文字を並べつつ、グラマトロジーの対象にでもしてみないことには分からないことかもしれない。それがな…

電池切れをどうしたものか。鬱ほど哀しくも滑稽な病気はない。本人は死の間際で頑張ってるつもりでも周囲からみればただの居眠り野郎で、それがところかまわずということで、19世紀の小説に出てくる滑稽な人物像の定形というのは実は鬱だったのではないか…

結局のところ、大した情報もないままにシマノフスキーの音楽を繰り返し聴いている。為すすべもなく消費するのみという無力感があるのだけど、他にしなければいけないことも沢山あるし、聴くというのも無為な行為でもないものと思いたい。窓を開け放している…

オーストラリア代表のブレシアーノという人は、中田選手のイタリア時代のチームメートだったのではないか、それとも単なる同名の人か少し気になった。

幕下だった大砂嵐がアルジャジーラの取材を受けたとのこと、YouTubeを探してみたのだけどみつからなかった。あるいはガセかもしれない。場所中のラマダン対策とか大変そうだけど、夜なら食べてもいいとか噂も聞いたことがある。東欧、モンゴル、エジプト、政…

アルベニスのCDを見つけた、何故か既聴感がある、イエペスか館野泉か何れかが弾いていたのだろうと思う。調性のある音楽ゆえ積極的に聴こうとはしなかったまことに誤ったことであったと反省。

自分は音楽のことを何もしらないことに気がついて、芥川也寸志の“音楽を愛する人に”という古本屋で買った本を開いているのだけど、昭和42年の段階でクラシックは商業音楽とは区別されていてとっつきにくいものとされていたということが意外だったりする。

シューマンをきいていると何故か、臭覚を刺激されるような錯乱した感覚があり不思議で、この感覚はフランスの近代音楽では感じることはなくて代え難かったりする。

取りあえず、シューマンなんて不眠になるまで聴くことはなかったわけで、そういう意味では病に感謝かな。書いていて自分でも恥ずかしいものがあるのだけど、本当に不眠が酷くなるまで聴くことがなかったタイプの音楽家だったりする。

新しい薬剤を飲み始めて一週間で体中の湿疹がひいた。湿疹の原因が鬱病だったということらしい。こういう自分が健康に向かっているというはなしは書きやすい。病気から何か持ち帰るものもあるかもしれないと真面目に考える自分はかなり滑稽な存在だとも思う。

ゲイリー・ピーコックよりパレ・ダニエルソンの方が音程が正確そうなのだけど気のせいか。

このところの体調の酷さは、抗うつ剤を停止していたからだとのこと、SSRIは抗うつ剤ではないということらしい。自分にとって未知の薬剤を処方されることになる。しかし眠れないので眠剤の量は倍になりとやかくいって立派な薬物依存症になっている。 しかし、…

前の医者は3ヶ月で匙を投げ出した。患者には距離感を持って接するのは仕事柄当然としても、治療計画を無茶苦茶にして放り出される患者の身にもなってほしい。明日会う医者がもう少しまともな人間であることに期待をかけたいのだけどもう遅いという思いもあ…

ホロヴィツが60年代に録音したシューマンのCDを古本屋の屑の中からひろったら、これが思っていたより心に響く、おそらくは鬱病のせいだろうとは思うのだけどメモ程度。

雨なので三枚のシマノフスキーのCDを繰り返し聴いている。この人について殆ど知識はないのだけど、無理なく聴けるし、何百年も前の音楽の単調さもなく、ポップスやロックのような生な扇情性もなくて、自分にはちょうどいいくらい。

そもそもがCQ出版の雑誌がいつの間にか書店に並ばなくなったのが心細い。ネットで確認をする限りにおいては潰れた訳ではないらしいのだけど、野宿野郎なみに見掛けなくなったのはどうしたことなのだろう。

アオジタトカゲをペットショップで見かけた。蛇のような頭部に瞼のある瞳、ずんぐりとした胴体に小さな四肢、確かにツチノコに似ている。しかしこんな生き物が日本の山の中には普通に生息しているのだろうか。

睡眠の不足が鬱病やら統失やら禄でもない病気を引き起こすとのこと、普段より多めの眠薬と安定剤を服用する事で、一日中眠っていたのだけど、基本寝溜めは無効、気休めにしかならないらしい。

古本屋に行けば、割と纏まった技術書が売られている。しかし情報がいかにも古い、最近はそのような書籍は発行されていないということになるのだろうか。需要がないということであれば仕方がない。学校にでもいかなければ勉強出来ないと言う話であれば絶望的…

近所の本屋を周ったのだけど探しているものが見つからない、十年前であれば確かにあったものが今はない。インターネットが代替しているのだとすれば、それでいいのだけど、案外ネット上の資料というものは断片的で使えないものであったりする。

時計で計ったように三時間。原因について判っていても語って貰えないようなもどかしさがあり、猜疑心があるのであれば替え時なのだと思いつつ億劫感が先だってしまう。

睡眠と死は、そもそもが、全くことなる生理現象であるのであって、死を睡眠に喩えることが、多くの間違った行為に繋がっているのではないかとも思われる。勿論、類似しているよう思われる点もあり、意識からの開放という点、しかし死から帰ったきた者でもな…

SL4Aに期待したのだけど、入力用の似非キーボードにコンソールが隠れてしまって使い難い、二つ折りのスマホならまだ何とかなったかもしれず、残念感一入。自分のスマホが一年前のモデルであることを考えれば未だ伸びしろがあって当然なのだけど悔しい。

どうのこうので長期金利が上がってしまった。日銀は更に長期国債を購入する必要があるということになるとすれば、ギャンブルから抜けられない嗜癖者のようだけど、収まりどころがあるのだろうか?無産者としては不安なばかり。それでも“善く”なっていると主…