青色本

例によって、読んだ青色本をなくしてしまったのだけど、ウィットゲンシュタインは日常的な思考が量子論に浸透されることを退けていた筈、その代わりという訳でもないのだけど、家族的類似性という概念にみられるように、彼の存在論は原子論的であったりする。ネタ的には、古典的推理小説は読んでも、グレッグ・イーガンSF小説は下らないと退けるだろう、奥泉光の小説なんてもっての他という可能性もかなりの確率であるのだろう。しかし、21世紀になってもアンソニー・カロの彫刻が観賞に値する訳であって、とはいっても、ここら辺は、人によるところが大きいのかもしれない。自分に関しては、その感性を大事にしたいと思っていたりする。