「世界制作の方法」ネルソン・グッドマン

読み慣れない人の書いた本を読んでいると、本を読んでいるつもりで実は気を失っているのではないかと思うことがあるのだけど、そういうなかでも、所々目が覚める瞬間があったりして、しっかり読んでいるのではないかと安心するのだけど、次ぎの瞬間にはやはり気を失っているのである。

”ただ一言いうなら、構造を欠いた内容、概念化されない与件、特性を欠く基体などについて語ることはおのずから破綻をきたすのである。というのも、まさにそれを語ることが構造を押し付け、概念化をおこない、特性を付与するからだ。知覚なき概念化はたんに空虚であるが、概念作用なき知覚は盲目である(まったく無効である)。述語、絵、その他のラベル、図式は適用されぬ場合も生き残るが、内容は形式なしでは消失してしまう。世界がなくても言葉は存在できるが、言葉なり他の記号なりを欠けば世界は存在できないのである。”

最後の部分がよく分らないので、更に引用を続けると、

”世界を作っている多くの材料−物質、エネルギー、波動、現象−は、世界と一緒に作られる。しかし、何から作られるのか。どうみても無からではない。それは他の世界から作られる。世界制作はわれわれの知る限り、つねに手持ちの世界から出発する。”

そんなことは当たり前ではないかと思うのであるけど、既にその状態が30年続いているようにも思えてしまうのはどういうことなのだろう。